目が痛い。
額に滲む脂汗が目に入ってしみる。かと言ってその汗を拭うことはできない。
縛られているからだ。
足元には爆弾が設置されている。その爆弾に取り付けられている小型の液晶画面には数字が表示されていて、爆発までの残り時間を冷酷に削り減らしている。
脂汗でしみる目を、それでも開いて爆弾に取り付けられた時間を見る。いや、見るというよりは、もはや睨んでいた。
時間は残り五分を切っている。その五分も、イサムの目の前で容赦なく減っていく。とくに百分の一秒代の数字の減少具合が激しい。
――これまでか。
覚悟を決めた。その瞬間――。
ばん、と音がして部屋の扉がひらいた。そして現れたのは――。
晴彦と祥真だった。
「イサムさん!」
「よくやったな祥真くん!」
イサムの挑発に乗って顔を赤くしていた少年は、いくぶん成長しているように見えた。もっとじっくりと褒めてやりたいところだが、今は時間がない。
爆弾を解除してくれとイサムが頼む前に、晴彦はイサムの足元にあるそれへ駆け寄った。そして床に膝をつき、解除に取り掛かる。どういう事情があるか知らないが、晴彦たちも爆弾が設置されていることを知っていたらしい。そうでなければ、こうすぐに爆弾に反応したりはできないだろう。
「くそッ」
晴彦は悪態をついた。
「どうしていいのか分からない」
残りは三分を切っている。
「僕がやってみます!」
祥真もまた、爆弾に駆け寄ってその仕組みを読み解こうと必死になっている。しかし祥真もまた、その解除には手間取っているらしい。何本も伸びる線を指でつまんでは、どこに繋がっているのかを確認している。
その間にも時間は減っていく。残りは一分を切った。細かくも確実な秒読みが、イサムの緊張を駆り立てる。
おもむろに晴彦が立ち上がり、イサムを拘束している縄を解いた。
「これはどうしようもない。ここから逃げよう」
そう晴彦は言った。
「無茶を言うなよ。残り一分じゃどんなに早く走ったってここから出られやしないって」
「そうだけど――」
仕方がない、と晴彦は言い、ふたたび床に膝をついて爆弾に取り掛かる。今度はイサムもそれに加わった。
とはいえ、イサムには爆弾のことなど少しもわからない。だから見てはいるものの、本当に見ていることしか出来なかった。
「ここに詩織ちゃんがいれば」
ふとイサムが呟くと、晴彦は爆弾の線と格闘しながら言った。
「詩織も梨奈も来ているよ。詩織は途中で気絶したけど、さっき息を吹き返して今は元気だ。ふたりとも、別のところを探している」
無理もないだろう。この広大な建物の中を四人が一緒になって探すというのは賢いやり方ではない。
あと二十秒。
まだ爆弾は解除されない。
あと十秒。
額に汗が浮いてひやりとする。
九。八。七。六。
逃げようと提案しようと思うが、今から走ったところで爆発に巻き込まれることは避けられないだろう。
五。四。三。
祥真の幼い顔には、今は不安ではなく真剣さが宿っている。
二。一。
晴彦の顎から汗が一雫落ちた。
零。
時間切れ。
終わった――と思った。しかし――。
爆発はしなかった。かわりに、大きな音――いや、声をあげ始めた。
〈イサムくんは竈馬が怖いのです! イサムくんは竈馬が怖いのです! 怖がりのイサムくんは、だからトイレにも行けないのです!〉
「な、なんだよ、これ!」
それは間違いなく詩織の声だった。詩織の無邪気な声が、イサムのいちばん言われたくないことを連呼している。
「竈馬?-」
祥真が首を傾げている。その間も声は止まらない。
「止まれッ」
イサムは、爆弾――の形をした物――を持ちあげるとあちこち見回してみた。しかしスイッチのようなものはどこにも見当たらない。
〈イサムくんは竈馬が怖いのです! イサムくんは竈馬が怖いのです! だからトイレにも――〉
「やめろおッ」
さっきまでとは違う種類の汗が、身体じゅうに滲む。
「イサムさん、竈馬が、怖いんですか」
ふふ、と祥真がわずかに笑う。
「こ、怖くない!」
「無理すンなよ。怖がってたじゃないか」
「う、うるさい! それより、なんだよ、これ。爆弾じゃないじゃないか」
「ああ、これはね――」
晴彦は髪に片手をあて、半目になってこう言った。
「キューティーモーニング目覚まし時計☆一見ボンバーくんだよ」
「なんだ、それは」
「詩織の発明品だよ。機能は目覚まし時計なんだけど、普通の目覚まし時計とは違う。時間を設定してその時間になると、〝使用者のもっとも言われたくないことを大きな声で喋り始める〟んだそうだ」
晴彦の話によれば、詩織はセキュリティや警備の面で独自に顧客を持っており、その顧客のひとりが偶然にも魔宮夫人だったのだという。そしてとくにお得意さまに対しては感謝の気持ちとして、手作りの目覚まし時計――キューティーモーニング目覚まし時計☆一見ボンバーくんを送っていたのだという。
それが、今イサムの手にしているやかましい時計の正体なのだそうだ。
〈イサムくんは竈馬が怖いのです! イサムくんは竈馬が怖いのです! 怖がりのイサムくんは、だからトイレにも行けないのです〉
相変わらず爆弾――ではなく目覚まし時計は喋り続けている。
「どんな拷問だよ。どうしたら止まるんだ、これは」
「壊さない限り止まらないって詩織は言ってたかな」
「なんてこった」
イサムは、その別の意味で物騒な機械を、壁へ投げつけて破壊した。
そして事件は――解決しなかった。
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