忍者屋敷からの脱出 第3章 天魔一族

「くそっ!放せっ!放せよッ!」
「誰か助けて!」


 せめてもの抵抗にと、縄で拘束された体をよじり大声をだしてみるが晴彦と梨奈がいるのは走行中の車の中だ。外に声が聞こえても微かなものだろうし、誰も気にとめないだろう。けれど、なにもしないわけにもいかなかった。少しでも自分たちが解放される道を模索して、この危機的状況の中に希望を見つけたかった。自分たちは今こういう状況ではあれど、かならず生還できるのだという保証がほしかったのだ。


「ジタバタするでないわ」
「大人しくしていた方が、おぬしらの身の為ぞ」


 2人を挟むようにシートに座る男達がくないをちらつかせながら言う。武器よりも人情の感じられない、その温度を感じない声色にひやりと背が冷えた。梨奈が晴彦をチラリと見やる。梨奈は目だけで男達の言葉に従うべきなのかな、と晴彦に尋ねてきた。晴彦は怪しまれないように微かに首を縦に振り、大人しくシートに身を預ける。晴彦の意志を理解して、梨奈も同様に動いた。男達は抵抗する気を見せなくなった2人をじっくりと観察してから、くないをどこかにしまった。
 少しでも情報をと思って晴彦が視界の端に入れた車窓には目隠し用のカーテンが引かれており、外の情報は全くくみ取ることが出来ない。
 準備が良いのも困りものだ。これじゃあ脱出できたとしても、帰ることも出来やしない。
 ため息の1つでもついてやりたかったが、何が原因で自分や梨奈に被害が及ぶかわからないのでグッと喉奥まで飲み込んだ。

 

 車はいつのまにか目的地に到着していたようで、緩やかに速度が落ちていき、やがてピタリと動きを止めた。2人の横に座っていた男達が扉を開け、外の様子を確認すると、降りろと命令される。2人がそれに従い車から降りると1人の男は晴彦の、もう1人の男は梨奈の後ろにつき、まっすぐ進めと言った。2人は恐る恐る足を踏み出し、砂利の敷き詰められた地面を歩く。指示通りに進んでいけばやがて大きな部屋にたどり着いた。そこはどうやら柔剣道場のようだった。神前には「天照皇大神」「香取大明神」「鹿島大明神」と毛筆で大きく書かれた掛け軸が掲げられており、物々しい雰囲気に圧倒されてしまう。いや、威圧感を放っているのは掛け軸だけではなかった。上座に座り、背筋をピンと張った翁の面をつけた老人。彼もまたこの場の重圧的な雰囲気に一役買っている。翁の老人は面の隙間から2人を見やると面をカタカタと動かしながら話し出した。


「私は天魔一族の頭領だ。かつて大坂夏の陣で滅びた豊臣残党の末裔であり、現代の日本を豊臣の天下とする未来の指導者でもある」

 抑揚のない平坦な声はそれが当然であるかのように未来図を語り出す。けれど、にわかには信じがたいその内容に晴彦は興味など一切わかなかった。こんな未来が訪れるはずがないと、常識的に考えてわかるはずなのだ。それがわからないとなると、この天魔一族とやらは随分狂信が進んでいるらしい。


「はっ、とんだ時代錯誤だね。本当にそんなことができるのかよ?」


 晴彦が笑い混じりにそう言うと翁の老人は間髪いれずにできると頷いた。


「お前達が持っていた2つの巻物。あれはな、太閤豊臣秀吉公が残された莫大な埋蔵金の在処を表しているのだ。それが手に入れば、この狭く小さい日本を私たちが牛耳ることなどたやすい」


 翁の老人はひとしきり笑い声を上げると、黒ずくめの男達に視線を送る。男達は1つ頷くと2人の体に巻き付いている縄を容赦なくひっぱった。縄が体を急激に締め付ける感覚に梨奈は小さく悲鳴を上げる。

挿絵提供は、ぽっぽ。様。

「俺たちをどうするつもりだ!?」


 声を張り上げた晴彦に対し、翁の老人は落ち着いて答える。


「お前たちを人質にして、明日、巻物と交換する。なに、心配するでない。地下牢の中で大人しく夜を越せば危害を加えるつもりはない」
「そんなの信用できるか!今すぐ俺たちを解放しろ!!」


 晴彦もすぐさま噛みつくが老人は気にした様子もなく、2人がこの部屋に来たときと変わらず上座に背筋を伸ばして座っている。こいつらを地下牢に放り込んでおけ、と黒ずくめの男達に命令すると男達はそれに従い2人の縄を再び強く引っ張った。たたらを踏む晴彦と梨奈を冷たく見下ろして、歩けと一言。2人は顔を見合わせたが縄で縛られた現状ではどうすることも出来ないと判断し、大人しく歩き出したのだった。