二回目の夜がきた。
晴彦と詩織と梨奈は、コテージ近くの茂みに身を隠していた。コテージには誰もいない。しかし、三人がいるかのように偽装はしてある。ランタンに火を入れ、三人が楽しげに会話をしているかのような声を録音して、それを繰り返し流れるようにしてある。窓から覗かれても中が見られないように、窓にはカーテンを引いておいた。
「本当にイサムくんは無事なのですか」
茂みの枝葉を、いかにも邪魔だといった様子で手で避けながら、詩織が小声で言った。しゃがみ込んでいるから、白いテニススカートから、白い太ももが丸見えになっている。
「それは大丈夫」
と晴彦は断言した。
「事務所へ言った時、了雲さんと岩田さんに話を聞いてきた。それでイサムは無事だとわかったんだ」
そして同時に、犯人がイサムをどこかに幽閉しているということも推察できた。もちろん百パーセント確実な推理ではないが、晴彦は自信を持っていた。
「でも、だからって、昼間からこんなところに潜む必要があったの?-」
梨奈もまた、茂みの枝を腕で避けながら聞いた。白いホットパンツから、張りのある太ももが出ている。しゃがんでいるから、その張りもいっそうだ。
「あったんだよ」
と晴彦はまた答えた。
「イサムには悪いけど、犯人を現行犯で捕まえる恰好の機会なんだ」
イサムはつまり、餌だ。悪いなイサム、と晴彦は心の中で謝った。
「そう言えば、晴彦。気になることがあったんだけど」
「ん?-」
梨奈は簡潔に、昼間に発見したということを晴彦に話だ。
茂みとコテージの間に、一往復分の足跡があったこと。その内の、コテージへ向かう側の足跡にトランプが落ちていたこと。足跡以外は何も見つからなかったこと――。
そして、それらから梨奈が推測したことだ。
「梨奈、すごいのです」
詩織が梨奈を褒めた。それは晴彦も同感だった。よく推理したものだと思う。えへへ、と梨奈はちょっと舌先を出して照れた。
「来たのです」
詩織がはっとした声で言った。さほど大きな声ではなかったが、詩織は自分の声を気にしたらしく、言ってからすぐに、両手で口を塞いだ。
晴彦は、夜の闇の中に目を凝らした。
詩織の言う通りだった。事務所から、誰かが――と言っても了雲と岩田のどちらかしかいないのだが――が出てきたところだった。
遠目でよくは見えない。しかし、黒い人陰が動いているのは見てとれた。
陰の主は、つるりとした頭をしていた。そして、頭の脇からは長いものが伸びている。
さらに、片手に杖のような棒を持っていた。
「追うぞ」
と晴彦は言った。なるべく音を立てないように、息を殺しながら、三人は茂みを出た。
※
本当は梨奈と詩織にはコテージで待っていてほしかったのだが、どうしても黙っていられないというので晴彦も根負けして着いてきてもらうことにしたのだけど――。
人影を追って茂みの中へ入り込んでから、晴彦はやや後悔した。茂みの中は思ったよりも草木の密度が濃く、進むのが困難だったからだ。やっぱりコテージへ帰るのがいいと勧めてはみたのだが、それでも行くといって着いてきた挙句、現在蔦に絡まれて悲鳴をあげている。
「だからよせと言ったのに」
そういう晴彦も蔦に邪魔されてなかなか先へ進めないでいる。
「大丈夫よ」
「そうなのです。平気なのです」
ふたりは、きっと心中では参っているのだろうが、強気を張ってなお着いてくる。
やがて――。
三人は少し開けた場所へ出た。そこには――。
苔むしたコテージが建っていた。人影は、その中へ入っていった。
晴彦たちは声を出さずに互いに視線を交わし、一回頷くと、足音を忍ばせてコテージへ駆け寄った。
追っていた人物が入口の方から入っていったので、晴彦たちは、入口とは反対側へ行ってみた。
そして壁に寄り添うようにして、窓から中を覗き見る。
イサムがいた。縄で縛られていて動けずにいるようだ。イサムは晴彦たちに背中を向けているから、イサムの方は晴彦たちの存在に気づいていないみたいだ。そして、そんなイサムと向き合う形で、犯人が立っていた。晴彦はその犯人の顔を見て、思わずその名前を声に出してしまった。
「――――!」
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