大咲山キャンプ場幽霊騒動 5章:捜査開始

 夜が明けると、昨夜は震えていた梨奈も立ち直っていた。梨奈はむしろ、
「さあ、捜査を開始しよ」
 とやる気に満ちている。もっとも、怖さを払拭するためにわざと気丈に振舞っているだけなのかもしれないが。
 それでも、その梨奈の態度には助けられた。はじめは幽霊退治などというのは、現実感のない、雲をつかむような話に思えたが、あらためて捜査しようと言われると、やはり向き合っているのは現実なのだという実感が湧いてくる。
 四人は卓袱台を囲んで座っている。いちばんに切り出したのは晴彦だった。
「四人で別行動を取ろう」
 三人の顔を順に見る。
「別行動っていうと」
 質問を投げてきたのは、梨奈だった。
「うん。実は、俺にはちょっと気にかかることがあるんだ。それを確かめたい。そのために」
 晴彦は、卓袱台の上に置いてある心霊写真を手に取って、詩織に尋ねた。
「これを借りたいんだ。いいかな」
「え」
 詩織は不意を突かれたらしく、頓狂な声をあげた。そして、
「べつに、構わないのです」
 と言った。
「他のみんなもいいかな」
 晴彦は、イサムと梨奈に確認する。
「あたしは良いわよ」
「僕もいい」
 ふたりもとくに反対はしなかった。
「ありがとう。じゃあ、少しの間、この写真は貸してほしい。それから詩織」
「はい?-」
 詩織はまた名前を呼ばれて動転したようだ。
「何なのですか」
「パソコン持ってきてないか」
「パソコンなのですか」
 ふふん、と詩織は得意げに笑った。眼鏡を指で押し上げる例の動作をして、詩織は澄まし顔を作った。
「持ってきているのです。超薄型のノートパソコンを。この山の中でどのくらい電波が届くかはわからないですが、いくらでもハッキングをする用意はできているのです」
「それは頼もしい」
 と晴彦は言った。
「でも、たぶんだけど、ハッキングまではしなくていいと思う」
「そうなのですか」
 詩織の澄まし顔が、急にしぼんだ。眉の両端が垂れて、今にも泣きそうな雰囲気だ。
「それと、前に活躍した通信機があれば助かるのだけど」
「通信機?- ああ」
 詩織はいったん首をかしげたものの、すぐに思い出したらしく、両手を胸の前で打ち合わせて顔を輝かせた。
「『愛野萌芽ちゃん』のことなのですね!」
「うん、そう。その、それ」
 愛野萌芽ちゃん。
 それは詩織が開発した腕時計型通信機だ。ただピンク色とハートマークであふれるその通信機は、その見た目から、腕につけていたら、普通の通信機よりも目立つばかりか、恥ずかしくて街なかを歩けないという難がある。
「愛野萌芽ちゃんは今日はないですけど、それに似たものならあるのです」
 詩織はそう言うと、体をひねって自分の後ろに置いてあったリュックを漁り、何か小さなものを取り出して卓袱台の上に置いた。
「これ、なに」
 梨奈が興味深そうに釣り目を瞬かせている。
 見るに、それはピンマイクとイヤホンだった。イヤホンは頭に取り付ける形のものだった。受信した声の出る部分が耳に来て、マイクが口の近くに来る。
「マイクとイヤホンなのです」
 詩織はそのままの答えを梨奈に返した。またいつものように突拍子もない意匠と名称が披露されると思っていたので、いくらか拍子抜けした気分にならないでもない。
「本当は自分で作りたかったのですが、時間がなかったので今回はお店で買ってきたのです」
 なるほど、見た目や名前に独特のこだわりが見られないのはそのせいか、と晴彦は納得した。
「で、これをどうするのですか」
 詩織は目をぱちくりとさせる。
「うん。俺がこのマイクで言う言葉を、パソコンを使って調べてほしいんだ」
 ふうん、と詩織は唸った。納得はしていないがとりあえずは了解した、といったところだろう。
「で、僕と梨奈ちゃんはどうしたらいいんだい」
 イサムが明るい表情で尋ねた。腰の調子はだいぶ良いらしい。
「ふたりには、捜査を頼みたい」
「捜査?-」
「そう。俺たちは幽霊に驚いたけど、きっと人間の仕業なんだ。そう思わないとこの事件は解決できない。だから、人間の仕業だということにする。その上で考えると、昨日幽霊が現れたということは、きっと誰か〝生きた人間〟がここへ来たっていうことだ。だとすれば、何か手がかりが残っているかもしれない。それを追跡してほしい」
「わかった。任せて」
 梨奈がこぶしを握りしめて気を張った。
「イサムもいいか」
「任せておいてよ」
 話はまとまった。
「それじゃあ、頼むよ」
 晴彦のその言葉をきっかけに、四人は解散した。