雨宮梨奈狂言誘拐事件 前編

 ある日の休日。梨奈と晴彦は街にデートに来ていた。


「あー楽しい!」
「はいはい、そうですねー」


 楽しそうに街中を上機嫌に鼻歌を歌いながら歩くテンション高めの梨奈とは正反対に、その梨奈の言葉を軽く受け流す晴彦のテンションはかなり低かった。それもそのはず。手ぶらで身軽な梨奈とは違って、晴彦は服が入った紙袋を肩に二つ、右手に二つ、左手に一つ持っているのだから。

挿絵提供は、あるは様。

 晴彦は笑顔で次の店に入る梨奈の後ろをついていき、梨奈が満足するまでデートに付き合うこととなった経緯を思い返す。

 

「晴彦―!起きて!」


 休日の朝に晴彦の家にやってきた梨奈は、早朝から晴彦の家のチャイムを鳴らし続けるという迷惑極まりない行為を行い、家にあがると気持ち良く寝ていた晴彦を容赦なく叩き起こし。


「晴彦!今から買い物に行くわよ!」という梨奈の一言で半ば無理やり家から引きずり出し、梨奈と晴彦は休日デートすることとなった。のだが。晴彦は実質荷物持ちとして、いつものように梨奈に振り回されていた。


「梨奈、ちょっとは自分で持ったらどうだ?」


 そう言って梨奈にも荷物を持ってもらおうとするが、梨奈は首を傾げて不満そうにいう。


「え、無理だから。か弱い女の子である私にそんな重いものを持たせる気なの?」

「誰がか弱い女子だって?」


 梨奈の言葉に晴彦は驚き、思わず聞き返してしまった。か弱いというのは、もっとお淑やかで脆く壊れてしまいそうな女子のことだ。断じて、梨奈のように強く折れることのない女子のことをか弱いとは言わない。と、晴彦は思いながらもそれを梨奈に言わずにおとなしく彼女の買い物に付き合うことにする。これもいつものことだ。なんで俺がこんな荷物持ちをしなければならないのか、とか。嫌だと言ってもどうにもならないことだ、とか。考えながら晴彦は梨奈の行動に振り回される。


「それじゃあ、次はあっち行くよ!」

「まだ買い物を続けるのか?」


 晴彦はまだ買い物を続けようとする梨奈に呆れながらも、ついていく。


「もちろん!まだまだ買い足りないわ!……って、あれは」


 梨奈が何か見つけたのか、突然口を閉ざして足を止める。


「どうしたんだ?」

「あれを見て」


 梨奈が指をさした先には、見るからに不審な二人組の男が通りすがりの小さな女の子に声をかけていた。不審な二人組の男の中の一人は二十代後半ほどの若い男。体は背が高く痩せ気味で、気が強そうな顔つきをしている。そして、もう一人は二十代半ばほどの男。背が低く、小太りしている。太っている男は痩せ気味の男の子分のようで、気の弱そうな顔つきをして痩せ気味の男の少し後ろから女の子に話しかけている。


「どう見ても怪しいな」

「えぇ。ねぇ晴彦、あれ覚えてる? 最近この辺の防犯協会から頻繁に子供に声を掛ける不審者が目撃されているって話」

「あぁ、探偵事務所に届いていたあの情報だろ?まさかその現場に出くわすとは」


 こんな眼に付きやすい所で堂々と誘拐しようとする不審者なんて初めて見たわ。あの不審者二人組はそうとう頭が悪いのね。と、梨奈は思いながら歩き出す。


「あの人たちが犯人かは分からないけど、あの子が誘拐される前に行きましょう」


 晴彦と梨奈は、このまま女の子が誘拐されないように警戒しながら、女の子の手を掴んで何処かへ連れて行こうとする不審な男たちに近づき、声をかける。


「あの、何をしているのですか?」

「あ?」


 男二人は振り返って梨奈を見る。


「この子が迷子だっていうから話を聞いていただけだ。な?」

「そうっすよ!トオルさん!」


 トオルと呼ばれた背の高い痩せ気味の男はそう言って女の子にいう。女の子は親とはぐれてしまって不安が募っていたのか、不安そうな表情のままフルフルと震えながら首を横に振って否定する。


「そうだったんですね。では、私たちがこの子と一緒に警察まで行きますね」


 梨奈は女の子の手を取って、引き寄せる。見るからに怯えているこの子の反応からして、この不審者達が誘拐犯と確信するには十分すぎる。


「おい!待てよ!」

「お兄さんたちも一緒に警察に行きますか?幼女誘拐未遂で」


 梨奈は引き留めようとする男たちに笑顔でそういうが、眼は笑っていない。


「ちっ。もういい。行くぞ、シンイチ」

「は、はいっ」


 二人組の男は諦めて女の子から離れて逃げていく。梨奈と晴彦は深追いせず、女の子と一緒に交番まで行き親を探す。その後、無事に女の子の親御さんが見つかり、女の子はお母さんと一緒に帰って行った。