なんだか甲高い叫び声を耳にして、私は目を覚ました。
詩織の座っている椅子を抑えていたら、突然現れたマッシュヘアの青年に高段蹴りを喰らって気を失っていたのだが、いつの間にか誰もいなくなっていた。
あの学生探偵たちも、リーデルも、バルナバスも、誰もいない。
ただ川の水が流れるさらさらという音が爽やかに響いているだけだ。やや小虫が鬱陶しいのが気になるが、それ以外は実に風流な雰囲気が夜の河原には満ちていた。それにしても――。
――さっきの叫び声はなんだろう。
そう思って、気を取り戻した瞬間の曖昧な記憶を辿って、声の聞こえただろう方向へ歩を進めた。すると――。
不自然に大きな石が、ひとつ転がっていた。妙に思って触ってみると――。
ぐにゃり。
石にはあるまじき柔らかい感触が手に伝わってきた。同時に――。
「きゃあッ」
悲鳴が聞こえた。
びっくりして手を引っ込める。思わぬところから声が聞こえてきたので状況を把握できずにいると、
「あの! 誰かいるのでしたら、助けてください!」
と、さっきの声がさらに言った。
「今、あなたが触った石の中にいます。石というか、石に見える鞄みたいなものの中にいます。外側にジッパーがついていますから、それを引っ張って開けてください。お願いします。動けないんです!」
その切羽詰まった声に、焦りを覚えた。早く出してやらないと死んでしまうかもしれない。そんなふうに思った。と言って、夜だからどこにジッパーがあるのかわからない。声からして中に入っているのは女性のようだから、触って確かめるわけにもいかない。
どうしようかとおろおろしていると、近くにある橋を、一台の自動車が通過した。ライトが一瞬だけこちらに届く。
その一瞬の光に、何かがきらりと光った。
そこへ手をやってみると、果たしてそれはジッパーの摘みだった。
引っ張ると、本当にまるでがま口を開けるかのように石が開いて、中から髪の長い女性が姿をあらわした。
暗いから陰しか分からないが、どうやら妙齢の女性のようだ。長い髪を、片手の指先でさらりと横に梳く。そして一息ついて、
「ありがとうございます」
と私に頭をさげた。
「あなたは――」
自分のことを訊かれて、とっさにどう答えていいのか分からなかったが、とりあえず、
「視点役です」
とだけ答えておいた。
「はあ」
納得したのか知らないが、女性はそんな胡乱な声を漏らした。
「それより、何でこんなところで石なんて」
女性に対して、問いかける。すると女性はいきなり激昂し始め、仲間に忘れられたとか、晴彦がどうとかと、すごい剣幕で文句を言い始めた。そして最後に、
「自分の恋人をこんな目に遭わせて、許せない。今度デートする時は、うんと買い物をして荷物持ちをさせてやるんだから」
と締めくくった。どうやら恋人がいるらしい。
「デパートで服をたくさん買って、その袋を持たせてやるの。せめて五袋くらいは買ってやるんだから」
五袋がどのくらいの量か分からないが、並の量でないだろうことは分かる。それを持たされる恋人の身としては散々かもしれないが、この恰好でずっと彼女を放置しておいた恋人にもいくらかの非はあるだろう。そんなふうに思う。
ひと通り悪態をつくと、女性は、
「ありがとうございました」
とあらためて頭をさげ、そして石ころだらけの河原を走って去っていった。
彼女の今度のデートがどうなるのかは知らない。でも、きっとそのデート先でも、何かまた突拍子もない出来事が起きるに違いない。根拠はないけど、そんな感じがした。
でも、それはまた、きっと――別の話なのだ。
(本当に終わり)
そして、csse file.03「雨宮梨奈狂言誘拐事件」へと続く・・・?
当サイト内に掲載されている画像・小説の著作権は、(一部例外が明記されている場合を除いて)全て提供者(製作者)様に帰属します。
当サイト内に掲載されている画像・文章の無断転載を禁じます。
当サイトに掲載されているすべての内容は、実在する人物・団体とは一切関係はございません。