夏の日差しを浚うかのように、一陣の風が吹き抜けた。
風をはらんで、外套がふわりと丸く翻る。
外套の裏地の赤色が、一瞬だけ垣間見得る。
翻った外套はすぐに元どおりに垂れ下がり、黒い表地が、その外套を纏っている主の身体を包み込んだ。
外套をはためかせているのは老人だった。
白いタキシードを身に着け、さらに黒い表地と赤い裏地の外套で身を包んでいる。
「ふっふっふっふ」
老人は嗄れた笑い声をあげた。しかし表情は笑っていない。何かを睨みつけるかのような、険しい表情をしている。長く伸ばした白髪と、釣り上がった白い眉は、まるで悪魔のようだった。弛んだ頬には残忍さを窺わせる皺が刻まれている。
ディートフリート・リーデルシュタイン。
それが老人の名であった。
世界征服を企む、悪の科学者である。年齢は七十代といったところか。背筋はまっすぐに伸びているものの、それは右手に握った杖に支えられているためだろう。老境に入りつつも、その野望は衰えていないことがうかがえる。むしろ増していると言ってもいいかもしれない。
「ついに来たな、ここが日本か」
白髪の老科学者は、誰にともなくそう言った。弛んだ頬が、興奮のためかやや震える。
「世界に冠たる先進国、日本。ここから私の野望は出発するのだ。そして、その足がかりとなるのは、秀でた科学者だ」
リーデルは、みずからの身を包む白いタキシードのポケットから写真を一枚取り出して、それへ視線を注いだ。
写真には、青い髪をおさげに縛った少女の姿が映っていた。明るく微笑むその表情からは、その少女の天真爛漫な性格が見て取れる一方、彼女が目にかけている、丸くて大きな縁なしの眼鏡からは知性が感じ取れる。
「待っていろよ、日本国きっての科学者――」
不破詩織――とリーデルは呟いた。
ふたたび風が吹き、リーデルの外套と、長い白髪をなびかせた。外套が舞い、裏地の赤が見え隠れする。
リーデルの瞼は、張りを失い、ほとんど目を閉じているのではないかというくらいに垂れ下がっている。
その、ただでさえ薄い目をさらに薄めて、リーデルは虚空を見つめた。まるでそこに自らの野望を見出すかのように・・・・・・。
そしてまた、風が吹く。リーデルの白髪と外套がはためき、虚空を眺める老科学者の顔に精悍さが宿る。
※
そんな彼の足元には、扇風機を抱えてしゃがみ込む体格のいい男の姿があった。
彼の抱える扇風機から吹き出す風に、リーデルの外套と白髪は勇敢になびいている。
このキャラ――。
――大丈夫だろうか。
そう思わずにはいられなかった。
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